BMの今では昔の話 (07)

良い暮らしをしてみよう,
良い暮らしをしてみよう,
私たちも一度良い暮らしをしてみよう
明け方鐘が鳴ったよ
新しい朝が明るかったよ
君も私も起きて新しい村を育てよう...

数千年の間ボロを着て,飢えの,民族の恨を洗ってみようとする精神革命だった。 この時私も何回も新しい村教育を受けた。
農村で成功した人々,職場で,社会で成功した人々の成功事例を聞くならば私もすればなる,することができる,やってみようとする熱い情熱が胸の中から沸き出たりした。 しかしいくらも行けないでその情熱は衰えたりする。
それで教育は反復教育が重要だといった。 豆もやしに水を与えれば,水はあたえると直ちにさっと抜け出る。しかし水遣りを反復するならば私たちが食べられるふくよかでおいしい豆もやしが育っているるだろう。 これが反復教育の原理といった。
その頃1962年から1966年まで第一次経済開発5ヶ年計画が成功的に完了して,第2次5ヶ年計画に入って行ったが1次5ヶ年計画は世界でもその由来がない30年以上の高度成長を操り上げる軸を用意したと世界言論らが賛辞を惜しまなかった。 セマウル運動を英語圏の国家ではNew village movementといい,日本では(アタラシイムラツクリ ウンドウ)と翻訳をした。
1,2,3次5ヶ年計画が15か年かけて終り私たちの生活環境も途方もなく潤沢になっていきつつあった。 1977年7月には全国職場医療保険が実施されたし,事務室机ごとにpcがおかれて,本社工場間には専用回線が架設されて15年間よく運用された私設無線局はここでも歳月によって退出危機を迎えることになったのだ.......
つづく

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