<< 第88夜


アマ無線千夜一夜物語 ・・・・・2003年12月14日 21:27

第八十九夜 エルマーへのプレゼント(Christmas for an Elmer)

この話は、1989年のQST12月号にNR5Q、Bruceから寄せられた
記事です。アメリカ人の美点、困っている人を見たら助けずにいられ
ない部分を垣間見る思いがします。 最近、A1クラブのメンバーが
昔CWをやっていたお婆ちゃんを助けた話を聞き、いつかは紹介し
たかった、以前のQSTの記事を思い出しました。 
(Elmer=無線の指導する先輩)

================================================
Christmas for an Elmer

何人もの他人を助けたあげく、彼がオンエア出来なくなるなんて
なんて皮肉なことか、、、、、、、


 第二次大戦が終わった直後の頃、この辺りは『GI Hill』と呼ばれ
ていた。その後40年が経過し、最初の呼び名は使われなくなり、
今では正式にあてがわれた名前、『スカイライン・ドライブ』と呼ば
れている。

 もっと街に近いお隣とは異なり、スカイライン・ドライブは消火栓
もなく、代わりに田舎風の郵便受けが道沿いに幾つも立っていた。
その多くは市販の郵便受けだったが、中には自作のものもあり、
住人の個性を表現していた。そうした中で、ジョーの郵便受けは
ミニチュアのタワーの上に誇らしげに載っていて、名前の下には
W5BQIの文字が書かれていた。

 この道沿いには、綺麗に手入れされた芝生が幾つかあり、さら
に、多くの手入れの行き届いた多くの野菜畑があった。トレーラー
に取り付けられた釣り用ボートやピックアップ型のキャンプ用トラッ
クは、輸入自動車の数より多かった。善き隣人、中産階級、堅実
な暮らし、そうした土地柄だった。

 ジョーとイルマは1947年に、彼らの家をここに購入した。ジョーは
ここが通りの頂上に近いので気に入っていた。イルマは、台所の
窓から見える景色を気に入っていた。この家は、2つのベッドルー
ムと1つのバスルームがあり、GIローンからの1万ドルの借り入れ
金で入手している。支払いは月80ドルで、ジョーの一週間のサラ
リーに相当していた。

 ジョーとイルマ、さらに近所にとって、その後の数年間は拡大の
年だった。家族が増えた:1948年には長男、その2年後には長女
が誕生した。ジョーのサラリーは、家の大きさに従って増えた。
最初に、ジョーはガレージを仕事部屋に変えてしまい、その後、
駐車場を家の横に増設。3年後には、家の後ろに2部屋とバスル
ームが加えられた。この増築は、イルマお気に入りの台所の窓か
らの景色を少しさえぎったが、ジョーには良いシャっク部屋が手に
入った。その後、15m高のタワーと3エレのトライバンダーが建設
された。

 家族が増えたり、勤務時間の増大にも関わらず、ジョーは何時
も無線の時間を見つけていた。彼の最大の喜びは、他人を助ける
事であり、特にハムになりたい若い人たちが対象だった。彼の
『少年たち(少女も)』に、単に電信コードやセオリーを教えるだけ
では満足せず、彼らが実際にオンエアし交信を行うまで、一緒に
なって指導していた。これは、普通彼らの最初のリグ製作にまで
及んでいて、殆どの仕事をジョーがこなしていた。私は、そんな
ジョーの『少年たち』の一人だった。

 当時、ジョーがそんなにお金を掛けずに、どうやって機器を製作
するかを教えてくれた時間を思い出す。ダイアルは10セントストア
の分度器と中古のポインタ付きのノブで作った。パネルは堅い板
をカットし、その後注意深くサンドペーパを掛けてから塗装した。
タンクコイルは、中古車から取り外した銅のガソリン用の配管に巻
いて作った。600オームのオープンワイヤ用の木製スプレッダは
パラフィンで煮て防水加工をした。コイルは、古い真空管の基部を
使ってこしらえ、見栄えの良いラックは、市のゴミ処理場から引い
て来たベッドレールで作った。ジョーの助けを借りて、10ドル以下
の予算で、格好の良いリグでオンエアすることが出来た。ジョー
のジャンク箱と中古のラジオから、必要な部品と真空管を用意し
た。

 今ではジョーは、歳月と共に過ごす余生を送っていて、彼に教
えを受けた人たちも、めったに彼の事を思い出すことも無くなって
いた。そうした人々は、自身の仕事のことや、家族、そしてもちろ
ん自分のハムライフについて考えていた。多くのジョーの『少年』
たちは、いまやエルマーになって彼らが助けられたと同じ方法で
若いハムを助けるようになった。

 私はジョーの家の前を通り過ぎるたびに、車を止めて訪問し、
コーヒーの一杯でも飲んで行こうかとしばしば考えていた。しかし
私は何時も急いでいて、いつも次にしようと、その考えを心の片隅
に押しやっていた。その内、ジョーのビームは何時も北西に向いて
いるのに気が付いた。たぶんJAと交信するのが好きなんだろう。
さらに、リフレクタの一方がトラップの所から落ちているのに気づ
いた。もしかしたら八木の代わりに、インバーテッドVを使っている
のかといぶかった?

 イルマは、ジョーがもっと快適に過ごせることを望んでいたが、
彼は関節炎のため長く歩くことが出来なくなっていた。彼らは
食料雑貨店を経営していて、家の維持管理ができていたが、二
人とも世間並みの日常生活をおくれる日々は過去のものと気づい
ていた。

 明日は、彼らは町に行き小さなクリスマスツリーと新しい飾りを
買う予定だろう。彼らの息子を孫たちは休日で実家に集まり、二人
は家を暖かく見せ歓迎するだろう。一年でもこのシーズンは、クリ
スマスの景色と音楽に溢れているべきだ。

 その日の午後にツリーの据付を終えていた。その夜、二人は家
の外に出て道の方から家の様子を眺めていた。ジョーは疲れてい
たが、その努力に見合う価値のあるものだと認めていた。ツリーは
カラーの電飾の列に輝き、何百ものホタルのように点滅していた。
各窓にはリースが取り付けられ、木枝で作った輪の中心にはキャ
ンドルが輝いている。彼らは、寒さが衣服をとうして伝わってくる
まで、自分たちのハンデを負った仕事を賞賛しながら立っていた。

 『入って暖かいコーヒーでもどうかね』とジョーは尋ねた。

 丸太は暖炉で爆ぜながら燃え、気分の良い香りを放っている。
部屋の角にあるツリーは、新しい装飾を施され暖かさと快活さを
醸し出していた。ジョーは部屋を見回しながら、2杯目のコーヒー
を楽しんでいた。彼は彼自身の心の平和と世界を感じていた。

 『イルマ』とジョーは言った。
 『このクリスマスに一つだけ足りない物があるんだ、そうラジオ
  だよ。オンエアして古い友達に挨拶するのが大好きなんだ』
 『そうするには、どうすれば良いの?』とイルマ。
 『まあ、小さな奇跡が必要だな』とジョーは言う。

 『ローテータは動かないし、SWRは天井知らず。インバーテッド
  Vのリードも何処かでオープンしているし、何にもまして古い
  ドレークが不調、どうもフロントエンドの故障らしい。それに
  忘れる所だったが、最後にタワーに昇ってから6年も経つし
  それに、人に頼むお金もないしねえ』

 『それを今、気にするのはよしましょうよ』とイルマ
 『たぶん来年になれば新しいリグを買ったり、アンテナ作業を
  して貰える余裕が出来るわよ。早く寝たほうが良いわ、明日
  は雑貨店の仕事もあるし、クリスマスの買い物もあるしね。
  今夜はゆっくり休まなくては、先に寝て、私は台所を片付けて
  から寝るわ』
 『Okay』とジョー。『あまり長く働かないようにね』

 電話が鳴ったのは、ちょうど夜10時のニュースの時間だった。
イルマと私は長時間の電話を互いに楽しんだ。彼女と話せて、
とても愉快だった。私の今年のクリスマスは、いつもより格段と
良いものになるはずだ。我々にとって大事なこの旧友との関係
をどうやったら断つことが出来ようか?私は、他の仲間が寝てい
ない事を祈った。彼らは電話の訳を聞きたがるはずだ。受話器
を掴み、ダイアルを始めた。

 ジョーとイルマが町から帰宅したのは、スカイラインドライブに
夕闇が迫るころだった。食料品を台所に運び込み仕舞った。それ
からプレゼントの箱を家に運び、ツリーの周りに置いた。

 『ジョー、コーヒーと暖炉の前のクッキーはいかが』とイルマ。
 『チョコレートチップスが好物だ』とジョーが答える。

 パチパチと爆ぜる火の前で、イルマがそっと言う。
 『ジョー、クリスマスまでたった3日ね。願うだけならお金もかか
  らないわ。もし、願い事が何でもかなうなら、何を願う?』

 ジョーは少し考えてから、
 『まあ、健康以外で言えば、私の願いはとても簡単だよ。シャッ
  クに行って旧友のお馴染みの符号をもう一度聞き、彼らに
  メリークリスマスと来年も珍しいDXが得られるよう挨拶する
  ことだな。』
 『やったらどう?』とイルマが答える。
 『古いビームは働かないかもしれないけど、そうだとしても、向
  いている方向の人とは交信できるかも知れないわよ』
 ジョーは笑いながら、
 『XYLはみなラジオを知らないからなあ、働かないよ。SWRは
  おかしくなってるし、ドレークも故障しているよ』
 『何でも良いから、やってみて。私の為に』とイルマは言う。
 『プリーズ』
 『うーん、OK、でも無駄だと思うよ』 ジョーは、昔やったように
 ダイヤルを回して見るのも良いかなと思いながら答えた。

 二人はコーヒーをシャックに持ち込み、イルマは後ろの安楽椅子
に腰掛け、ジョーは椅子を運用机にセットした。 ドレークを調整
中に、沢山の局が聞こえドレークが生き返ったのでジョーはとて
も驚いた。

 『クリスマスの奇跡みたいね』とイルマ。

 信じられないといった顔で、ジョーはローテータのノブに手を掛
けた。これも働いている!ゆっくりとビームを北西から東に回し、
そして北に戻してみた。さらに送信機を調整しSWRを確認した。
SWR=1だ。

 『働いているぞ!』 『ちゃんと動いている!』とジョー。
 『CQを出したら』とイルマが恥ずかしそうに言う。
 『信号が来ているんだから、誰かと交信出来るはずだわ』

 『20mが良いと思う』とジョーは言った。
 『あそこは静かなバンドだし、町を挟んだ交信に最適だ。誰か
  ローカル局がオンエアしてるかも知れない』

 ジョーは、古いバイブロプレックスをカチャカチャ言わせてCQを
発信した。ドレークを受信に切り替えると、驚いたことにそこには
小さなパイルアップが巻き起こっていた。
彼は、WA5HTX, WB5FKTそして他の何局かをピックアップした。
そのコールサインは、みんな彼がエルマーとして育てた馴染みの
あるコールサインだった。

MERRY CHRISTMAS JOE BT THE ROTATOR IS FROM
ME BT DE WA5HTX K

MERRY CHRISTMAS JOE BT HOPE YOU ENJOY THE
DRAKE BT ITS JUST LIKE URS BT ITS MY SPARE ES
UR WELCOME TO IT BT I WILL BRING URS HOME AS
SOON AS I GET IT FIXED BT DE WB5FKT K

WE LOWERED UR BEAM AND REPAIRED THE
REFLECTOR BT SHUD WORK BETTER NOW BT IT HAS
NEW COAX TOO BT DE WA5HTD ES WA5GWA K

 このような交信が1時間ほど続いた。各局がブレークインする
たびにジョーは微笑み、うなずき、そしてTNX ES A VY MERRY
XMASを送信した。頭の中でCWをコピーしながら、目を閉じて彼
がエルマーとしてコードやセオリーを教えた彼ら一人一人を思い
出していた。

 交信が終わったとき、ジョーは背を椅子にもたれて、何も言わ
なかった。 イルマに背を向けて彼は言った。

 『地下室に行って、もう少し大きな電球を取って来る。電球が
  暗くて眼が少ししょぼつくんだ』

 イルマはジョーが急いで部屋を出て行くとき、彼の眼に涙が浮
かんでいるのに気付かないふりをしていた。

===============================================


==========================
Merry Christmas to you, JA1VJQ
==========================


目次 >> 第90夜